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	<title>I, CJW ~.:i:.~ ヤ・マ・ダ・マ・シ・イ</title>
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		<title>雪国</title>
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「上の雪の部分が落ちてくるかも・・・」
 
寝袋の小さい穴からのぞくケビンのヘッドランプが、数時間前に掘った雪穴の天井を照らした。
この時点で雪の天井は僕の顔の１５センチ前まで落ちてきていた。
 
ジャケットを着込み、彼は小さくなりつつある出口からはい出た。僕も続いた。
 
午前3時。懐中電灯は刻一刻と狂ったように降ってくる外の吹雪を照らす。
 
ケビンとトモエは雪穴から荷物を取り出し、テントを張り中へ逃げ込む。
 
僕は寝袋を穴から外にひっぱり出し、まだ暖かいその中に滑り込み、雪が積もる音を聞きながらそのまま穏やかな眠りに戻った。
 
朝にはどこまで埋まってるだろう・・・。

次の日僕らは腰まで積もっている雪をかき分けながら数時間歩いたが、もと来た道を戻ることにした。
前夜の吹雪のおかげで空はコバルトブルーに澄んでいたが、来た道は何十センチほどさらに積もった新しく重い雪によって消えていた。
 
「５０歩で交代しよう。」
ケビンは言った。
先頭で新雪をかき分け道を作りながら歩くリードを、交代しながら進んだ。
乳酸で太股が動かなくなるのに３０歩もかからなかった。
雪はしっかりとスノーシューにしがみつき、スムースに歩こうとするのを阻む。
ケビンはかんじきで雪を踏み固めながら先に進む。
 
 
日が暮れる前には家にたどり着いた。
その一時間後、僕らは近所の温泉にいた。
腰まで雪で冷えた体を今度は首までお湯であっためる。
 
栄村は小さい村で、我々の冒険は既に知れ渡っていた。
  
「なんでこんな天気の日に登るんかい？」
 
 
・・・ニヤリ・・・。
 
それしか答えはないでしょう。

—————————————————————–
ケビンの（もっと面白い）ブログはここから。
 
ケビンとトモエはOne Life Japanを運営しており、日本の地方の伝統に触れることのできるツアーやプログラムを提供しています。
 
彼らの活動は素晴らしく、同時にとても大切なものであると思います。ぜひ見てください。 </description>
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		<title>甲斐駒の雪だるま</title>
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完璧な形の雪だるま。
というか、体の部分だけ。
頭は見当たらない。
直径１メートル半くらいの体の部分だけがどこかさびしそうに雪の中にある。
あたりを見回しもうちょっと先にある雪だるまにも目を向けた。

イースター島にあるような丸い頭が雪の谷を見つめて、どっしりと座ってる。

高度3000メートルにある体だけの雪だるま。なんかおかしい。

突然首の後ろに鳥肌がたち、髪が逆立つ。反射的に身をよけた。
と、同時に大きな雪だるまが上から転がってきて、下の木にぶつかり細かく砕け散ると、木の枝から大量の雪が落ちてきた。
まるで木が怒っているかのようだ。
 
わかった。
 
雪や氷の塊が、春になり暖かくなって溶け、岩から落ち、転がりはじめ、そのまま雪を集めながら大きくなって転げ落ちてくる。
斜面の途中でモアイ像のように止まるのもあれば、目の前にあるものに突進して全てを巻き込んで、砕け散るものもある。
 
僕は目の前にいた。
 
今日は帰ったほうがいい。


冬に日本の山に入る、ということは、侵入者になる、ことを意味する。
閉ざされた秘密に立ち入るのだ。
 
主に安全のためという理由でだが、多くの道はこの時期閉鎖される。
金曜の夜、僕は甲斐駒ケ岳への登山口を探して、封鎖の看板をどかし、落石を避けながら、整備されていないガタガタ道を長い時間さまよった。
レンタカー会社はあまり嬉しくないだろう。そういえば前に車を返しに行ったとき、受付の女の子の顔は真っ青だったっけ。
バンパーには小枝が挟まり、車は泥だらけ。ホイールキャップもなかったかも。
必ず保険は全部カバーされているものをかけることにしている。
ようやく封鎖されていない道を見つけた。戸台へ続く道だった。戸台から甲斐駒の登山道まで軽く１０キロ以上ある。
そこで日が昇るまでの数時間寝ることにし、長い道を歩くのに備えた。

早朝の朝日に甲斐駒の頂上がキラキラ光り、山腹はところどころに雪が残り縦縞を描いている。

近づける気がしない。自分がとても小さく感じた。

川沿いのルートは地図では簡単に見えた。だが距離に隠れてて分からなかったが、実はコースに沿って高度が１０００メートルも上がっていた。
これは登山口に着くまでのことであり、山自体はここから１０００メートルさらに登らなければならない。
昼には北沢小屋に着き、雪を溶かし飲みながら、雪に残ったクマのような足跡について考えていた。
今年は早く冬眠から目覚めたのだろうか・・・。まあ既にこの辺りをうろついているのは明らかだ。

春になってやや溶け始め、重くなった雪と格闘しながらさらに歩いていくと、頭を失った雪だるまの庭が現れた。



登るか、下るか。
 
下る決断。

もうすでに日が暮れてきたし、この斜面で雪の大玉にぶつかるのもあまりいい考えじゃない。
少なくとも数キロ圏内には誰もいない。
車に戻るにもかなり遠い。
ケガを負うにはあまり適した場所じゃない。
 
谷を降りる間中、甲斐駒の雪で覆われた山頂は雲がその姿を隠すまで、じっと僕の背中を見ていた。
 
秘密の一部を僕は見た気がした。

僕がすぐに戻ってくることを甲斐駒は知っている。
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		<title>９つの極楽、１３６の地獄</title>
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「怖がらないでいいよ」
僕はそっと岩に頬を押し付け、朝陽を浴びた彼女の暖かさを感じながら言う。

すると再び風が吹き、氷のつぶと小石が顔に当たる。
剱岳は怖がっていないようだ。
 
しばらくすると怒りはおさまり、ヘルメットへの攻撃も静かになる。
命綱を固定し、山頂への崖を慎重に登り始めた。
道を誤り、包丁の先端のような尾根に出る。
足のすぐ両脇は、数百メートルの谷。
感じるのは、恐怖と己の愚かさ。
冬の剱岳を登れる人は、世界中のどんな山でも登れる、と言う。
確かに。　
ただその前に、この山を降りるのが先だよな・・・ 
 
そうして、山頂が目の前に現れた。
雪に覆われ、所々黒い岩が顔を出している。
今の季節、昼の時間は短い。
どんなに山頂間近にいても１２時を回ったら引き返そうと決めていた。
僕が山頂に立ったのは１１時５６分だった。
１９０７年、ある地理研究チームが初登頂した際、平安時代の宗教儀式に
使われていた金属の道具と灰を見つけたらしい。
そんな昔にどうやって登ったんだろう・・・
 
前日僕は別山にいた。他に誰もいなかった。
空は真っ青、地は足跡一つない真っ白な雪。
数日前の嵐で雪は５０ｃｍほど積もり、立っているもの全ての風下側には
櫛のように氷がついている。
テントを張り遠い剱岳の雪頭を見つめたっけ。
 
土曜日のこの日も朝から天気が良かった。剱沢谷も剱岳も、見える限り誰もいない。 
向こうから誰かがやって来ないだろうか、とずっと期待していたが、誰も来ない。
遠く北アルプス～白馬、唐松、五竜、鹿島～の山並から太陽があがる。
今回のこのルートは長く大変なものだった。
雪は見た目は硬そうだったが、僕の体重を支えるにはちょっと硬さが足りない。
何度も何度も何度も膝まで沈む。
剱本山の一つ手前の山、前剱までなんとか辿り着いた。 
そして足元の片側は傾斜５０度くらいのアイスバーン 。
もう片側は氷と雪が半々の道。
すべる。ピッケルを使い、なんとか持ちこたえる。そしてまたすべる。
 
土曜の朝、いつもなら骨董通りのスタバにいるのに・・・
 
数箇所に設置されている命綱の鎖が雪に埋まっている。
なんとか掘り出せたものもあったが、一番最後の一本は完全に氷の下だ。
諦めて自分のロープを出して鎖場の金具につなぐ。
このロープはここにおいていくしかない。
この後ロープが必要にならないことを心から祈る。
 
山頂からの帰り道は長く、反省するにはもってこいの時間だ。 
この山には、「神の使い」と言われる雷鳥が多い。 
一羽が僕の上にやってきて、テントまでの道を案内してくれた。
 
別山のテントに戻り、ボーっとする。
ここでは一つ一つの行動に、ものすごい意思の力とエネルギーを必要とする。
とりあえず雪を溶かしてコーヒーを作り、持ってきた食べ物を流し込むと、
あっという間に寝袋にひきずりこまれる。
太陽と風に焼かれた顔を感じながら夢の世界へ。
死んだように眠り、アラームの音で目が覚める。４時半だ。 
そう、日本の３大霊山の一つ、立山に登り始める時間。
 
別山から立山の尾根はゆるいＳ字をしている。
北側は雪が深く、冷たい冬風によって雪の山肌がありえないくらい美しくなめらかに彫られ、
まるで氷のグッゲンハイム美術館のようだ。
南側を歩くこと、と頭に入れ、雷鳥を友に再び歩き始めた。
 
立山の山頂のすぐ下で、二日ぶりに人を見た。
僕の上の斜面を不安定に滑りながら降りてきた。
ピッケルを正しくない位置で握っていた。
滑り落ちた時、あのピッケルの位置でどうやって自分の体を止めるんだろう・・・
とりあえず、巻き込まれない位置に移動した。 
 
頂上の大山神社からは天気のいい日には富士山も見える。 
参拝し、無事登頂できたことへの感謝を告げると、猛スピードで山を降り、谷の底にあるホテルへ向かう。
谷の周辺は観光客が多く、皆ゆっくり楽しそうに冬の陽がきらめく雪山の写真を撮っている。
仏教ではこのあたりの高い山は９つの極楽を表し、硫黄の匂いがする麓の谷は１３６の地獄を表すという。
「なんてきれいなの！天国は本当にこんな感じだといいね！」と通りすがりのおばさんが山を見て言った。
 
・・・そうか・・・？

マイナス１０度以下で、食べ物もなくて、誰もいない、雪だけの場所が、天国・・・？ 
 
地獄谷の熱い温泉に入り、冷たく冷えた美味しいビールを飲みながら思った。
 
結構、地獄にもいいとこあるぞ。
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